駄文。スラックラインを歩く、ただ乗っていればイイ。時間の流れを楽しむ。

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56mのロングライン

公園で張ってきました。午後から仕事が無くなったから。公園についてから、どんなライン張ろうかなぁ!!!と座り込んで悩む。
ロデオかサグラインか。

持ってきたのはハイブリッドの70mとオムニブロックのプーリーセット。プーリーの良いところは何でも出来るところ。

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何のために乗る?

スラックラインに乗る理由というのは人それぞれ。例えば、「私にとってスラックラインとは?」という意識高い系の問題を考えてみるとイイ。

あなたにはあなたなりの答えがあるはず。

自分の場合、まず思いつくのがブログのネタ。という現実がある。ブログをやっていなければ、せっせと公園に通うこともない。いや、せっせと公園には通っていないか。いろんな選択肢の中で、近場で出来る趣味といえばスラックラインって現実があるから、スラックラインに乗っています。まぁブログに書いても驚くほどアクセスは少ない(特にこういう内容の無い記事は・・・)。

スラックライン以外にもやりたい事はたくさんあけど、まったく進展しない。

例えば、自転車での九州一周があと200㎞くらいで一周が線でつながるのだけど、20年間進展なし。二日あれば達成できるのに。。。当時はどうしようもないほどのホークスファンで普通に自転車で走れば達成できるのに、シーズン開幕はなんとしても家でテレビで見たいと平戸から博多まで船でショートカットして、博多についてからは夜中も走って国道わきで仮眠しながら家に帰った。そういえば、フェリーで起きたら周りに誰もいなくて、乗客はすべて降りていてポツンと船の中に取り残されていたことを思い出した。2週間以上、自転車を漕ぎっぱなしで駅やテントで寝ながらの九州一周旅だったから、相当爆睡したんだろう。よだれを垂らしていた自信がある。

「私にとってスラックラインとは?」に話を戻すと、答えは無限にあるはず。つまんない答えでも、意識高い答えでも答えは答えだ。

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スラックライン歩き方というマニュアルがあればいいのに

スラックラインの歩き方というマニュアルがもしあったとしたらどうだろう。今その完成版は無いだろうし、私は知らない。

もしマニュアルがあったとしても、それはひどく高度で難解でフロー状態の真っただ中ではじけ飛ぶ渦の中にいるような常人には理解できない代物に違い。だってそーでしょ。どうやって言語化するのか想像もつかない。

しかしながら、高度感抜群のハイラインの眩暈がするくらい長いラインのその状況で最高のパフォーマンスを発揮できる方法も、いつもの誰かが張るパークラインもその恐ろしさは天と地ほどの違いがあるとしても向き合うものは同じだ。ただ細いラインただ一つ。頼りないその一本。さんざん答えを探し求めてたどり着いたたとしても、答えは自分の手の中にあった。そんな答えだと思うんだ。体の力を抜くとかラインの邪魔をしないとか、ラインをコントロールするとか、具体的な何かを超越したもので、線路の先を見あげたらいつの間にか輝いていた早朝のカノープスのようなものだ。

そのカノープスのような答えにたどり着くには読み解くための文法が必要になってくる。必要というより、文法を身につけなければならない。受験勉強で習う英語が使い物にならないのと一緒だ。どれだけ単語帳を暗記して文法を勉強しても、英会話で使い物になる一線は答えられない。あるいは人によっては越えた気になれるのかもしれないが、それは相手が譲歩している。下手な英語だなと思われても笑顔で対応してくれる。何かのブレイクスルー、英語で言えば留学とかまぁそういうのだ。強制的に英語が使えるようになる強烈な経験である。そんな留学経験のようなスラックライン。どんなものだろう。一度ステップを上がれば、あれよあれよと別次元にいるような。そんなのが答えなのではないだろうか。

そのブレイクスルーとなるのはハイラインの可能性は高い。同じ一本のラインだとしても。文法とはグランドレベルで50mラインを歩けるとかそんなもんだろう。難易度は高くない。やる気があればあっけないほど簡単に達成できるレベル。英語の文法だってそんなもんだと思う。

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終わらない目線問題

スラックラインを歩いてる時の目線は???私は特に意識しないが、集中力を高めるならアンカー定点に固定するのが手だとは思う。調子が良ければ、周りの状況に邪魔されることなくスタスタといつの間にか歩けたりする。その没入体験は少し快感になる。もっと歩きたいという感じになるんだ。

一方で、そこまで集中せずにリラックスの方に重点を置いて鼻歌でも歌いながら歩くのも好きだ。ニコニコ笑いながら。どちらも没入体験といえるのだろが、その性格はだいぶ違うもので対極ともいえるものだ。その対極がすぐ隣り合わせなのが、本当に不思議だ。

テクニック的には冷静に自分を見つめるというやり方がある。姿勢や呼吸が自分でチェックするということだ。「エヘン」「ん、っんー」と唾を飲み込んだりして喉を整えるような行為である。そんで今の目線はどーなってるかな、集中できているかなと、問いかけて整える行為。つまり、目線は数あるラインと調和するための行為の一つということ。無意識なのか意識的なのかを、意識する。

小股

小股で歩く方法いうのも意識してやるのも一つの手である。ラインの長さとか今自分がどこにいるかとか全く考えない。ただ、足を一歩前に前にを繰り返す。足を前に出すことしか考えない。この繰り返しもなかなか気持ちが良い。必要なのは目線でも姿勢でもなく、ただ一歩前に。ただそれだけ。

唐突に話は変わるが、ウイングスーツで飛ぶ行為をご存じだろうか?崖や飛行機から飛び降りて特殊スーツで滑空し、パラシュートで降りるやつ。あれの編隊飛行というのは世界でも極少数しかできないパフォーマンスであるのが想像できると思う。隣の人と手の届くような距離で恐ろしい速さで飛ぶ。気を抜けばぶつかったり、木やビルに激突する可能性のある危険な行為である。というか死ねる(ちなみに、日本人でやっている人はいない)。興味深いのはその編隊飛行で飛んでいる人の証言で、ひたすら先頭を飛ぶリーダーの足の指先しか飛ぶときは見ていないという言葉だ。雄大な自然を飛んでいるのに前に人の足先しか見ていない。それで完璧な編隊飛行をこなす。風や周りの状況、他のチームメンバーとの距離なんてどうでもいい、ひたすら足先だけ見てパラシュートを開くところまで持っていく。絶景なんてそこには無いのである。

長さや、ゴール、高さ、歩き方、なんてどうでもいい。ただ、足を前に進めることだけに集中する。一歩前にの繰り返し。雑誌や小説、映画やドラマでも時々語られる「前に進め」に類する言葉の数々。「前に進め」はそこら中に転がっている。人間はこうやってアフリカの片隅から世界中に広がってきたのだけども、我々は常にその一歩に喜び、悩み、苦しんでいる。前を目指すのは人間の理想であると同時に苦悩の根源でもあるのかもしれない。今どこに自分がどこにいるかという情報は、生きていくうえでとても重要な情報だけど、それを放棄して前に進むことだけを考えた時に実は最も体が軽くなる。

叫び!

叫び!

自分は一時期よくクライミングの映像作品を見たいだのだけれど、よく叫ぶシーンがある。うまく登れて完投した時や落ちた時。

この前ふと叫びながら歩いたらとても気持ち良かった。一人でよく乗る人はやってほしい。なんかすっきりするからさ。

おわり

心の余裕がないとスラックラインなんて乗れませんね。

なんとリッチな趣味なんでしょう。

皆さんも、生涯スポーツとしてスラックライン楽しもう。辞める必要も、諦める必要もない。ブランクも大切な栄養素。
たとえどこにいても目を閉じ、手をあげ、片足を床から離せば、ラインはどこまでも続く。

スラックラインの小ネタ歩き方のコツ
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slackline.jpを書いている人
歩き方

2009年からスラックライン乗ってます。国内旅程管理主任者、日本山岳ガイド協会公認ガイド(自然Ⅱ登山Ⅲ山岳Ⅰ)、NACS-J自然観察指導員。アウトドア好きでキャンプ、星、植物好き。

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