スラックラインをやっていると、通りがかった人から「何をしてるの?」と尋ねられますよね。
自分の場合はひとまず「綱渡りをしています」と答える時があります。ロングラインの時は特に。
「これなんというスポーツですか?」と聞かれたら「スラックラインというスポーツです」と答えています。この質問をする人は大抵、テレビか何かでスラックラインを見ていて「スラックライン」という答えを期待している場合が多いからです。
前者の質問の場合はスラックラインと答えると、そのあとが面倒なので「綱渡り」と答えています。そして話を聞いてくれそうならもう少し詳しく説明します。
大まかな説明としては綱渡りでもスラックラインでもどっていでもいいじゃんと思ってます。かと言って同一では無く、スラックラインと綱渡りは似て非なるもの。
綱渡りのジャンルのひとつがスラックラインという感じ。
そこで思うのが、綱渡りについてはイメージはあるものの詳しく詳しくは知らないということ。
以下、駆け足ですが綱渡り関連について調べてみました。綱渡りも調べたらとても奥が深く興味深いです。人間の歴史の一部ともいえるかもしれません。
綱渡りとは?
綱渡りとは、ロープなどを渡る行為。
英語ではロープウォーキングとかワイヤーウォーキングなどと言われます。平べったいラインを渡ればスラックラインです。スラックラインは「ロープやワイヤーではなく平らな幅広いラインを渡る行為」と定義ずけられるでしょう。他には綱渡りがパフォーマンス目的であるのに対して、スラックラインはバランス感覚を養うことや、楽しむこと挑戦が目的だということも明確な違いになります。
綱渡りとしては渡るものは様々です。青竹なんかも仲間に含められる場合もあります。
それらの上で様々な動きをしたり、高い場所に張って渡ったり。時には命の危険さえいとわずに挑戦。人間がバランス感覚を駆使して行う芸術です。
綱渡りの歴史
世界のつなわたり
綱渡りの歴史は古いです。古代ローマ時代にはコロシアムや町中で綱渡りが演じられた記録があります。当時の記録では綱渡り師はfunambulaと書かれているのですが、現在でもヨーロッパでは綱渡り師をfunamblulistと称します。
特にマルクス・アウレリウス皇帝(161~180年)の時代にはヨーロッパ全土で大流行したといいます。
その後も、皇帝や女王の即位の時に教会の塔や城に張った綱を渡るセレモニーが行われるなど、綱渡りはいつの時代も高い興味を引きよせていました。
イタリアのポンペイ遺跡では綱渡りをしている壁画なども複数枚発掘されています。その一つは西暦79年との鑑定結果が出ています。
中国でも綱渡りは行われており、後漢時代(25-220年)の墓から石に掘られた壁画が出土しています。
地中アンカーとAフレームの組み合わせは現代でも行われています。更にはこの彫刻には剣も見えます。
1385年のパリではシャルル6世とイザボー王妃の結婚式で高所綱渡りが披露されたといわれています。
王室からも声がかかるということは、それだけ綱渡りが人々の注目を集める行為であり、人気があったという証拠かもしれません。
時代が下がるとヨーロッパではサーカス団が誕生し各地で興業を行うようになります。綱渡りはそのサーカスではジャグリングと並んで定番のパフォーマンスとして定着していきます。
サーカス
綱渡りで渡る網はいわゆるロープでしたが産業革命後の19世紀には鋼鉄製のワイヤーを使うことでサーカスで新たなパフォーマンスが次々と開発されました。
ワイヤーの太さは5/8インチ(1.5㎝)~1インチ(2.5㎝)を使うことがほとんどです。
また、バランスポールと呼ばれる棒を持つ綱渡り師も増えました。このバランスポールは長くて重いのですが、長く重くなるほど安定度も増します。例えば、ニューヨークのツインタワーをフィリッププティが渡った時は8mで25㎏もあったそうです。
綱渡り一家も登場し、家族ならではの高レベルな綱渡りを披露しています。
もっとも有名なワレンダ一一家です。画像を見るだけも面白いです。
ただし、このドイツ人カール・ワレンダ率いる人7人ピラミッドでは落下事故が起きて家族二人が死亡し、息子も下半身不随になる悲劇。そしてその長であったカールワレンダも綱渡りで死亡しています。現在では息子が活躍し、世界一有名な綱渡り師です。
※このエントリーの下の方で死亡事故について記載しています。落下動画はショッキングですの見たくない人は見ないでください。
ガリバー旅行記には綱渡りのことが出てくる
ガリバー旅行記には綱の上で宙返りしたりしてその派手さで国の役職がきまるという設定が出てきます。骨折したり、死んだりする人がいるとか。
このエピソードはヨーロッパで綱渡りがある程度認知されていたことをうかがわせます。
日本の綱渡り
日本には奈良時代に中国から散楽(さるがく)の一種としてローマやシルクロードを経由して伝わったとされています。
ですが、NHKの大河ドラマで飛鳥時代の聖徳太子が綱渡りをみるシーンがあるそうなので、既にその時代には行われていたという説があるのかもしれません。
現在残る最古の綱渡りの資料としては、平安時代の信西古楽図に「神娃登縄弄玉」という絵が残っています。
この絵からもわかるように現在の綱渡り師とほぼ同じです。平安・室町時代には見世物で生計を立てる人がいたそうです。
彼らは軽業師と呼ばれており、いくつかの芸を持っているのが普通で綱渡りの他にも足技なども習得してそれらを組み合わせた芸を行っていました。いまでいうサーカス団のように集団で興行し、一座で各地を転々と移動していた軽業師もいました。
中でも有名な綱渡り師は早竹寅吉です。かれは日本で最初にパスポートを取った日本人として有名です。明治時代の日本の軽業のレベルは世界的にもトップレベルで、アメリカでも人気だったそうです。
明治期には一座でヨーロッパやロシア方面に興業に出かけ、本場のサーカスをもしのぐ人気だったといいます。また、ヨーロッパのサーカス団に雇われた軽業師もいました。
神事としての綱渡り
日本には沢山のお祭り・神事がありますが、綱渡りに関係する物もあります。
例えば、秋田の蜘蛛舞です。雲舞ともいわれます。
くも舞はもともと細い綱を渡る姿をクモに見立てていう綱渡りの一種で、室町時代から江戸時代初めにかけて流行したものという。
秋田民俗芸能アーカイブ:動画もあり
綱系軽業の種類
サーカス用語のページに綱を利用した芸の種類が紹介されていました。
渡りもの
バランスものを『カジモノ』といい、その代表格が『ツナ渡り』でしょう。
『ツナ渡り』には「綱渡り」、「針金渡り(通称ガネ)」、「高綱(カンスー)」、「青竹渡り・衣桁(いこう)渡り」、「坂綱・逆綱」、「四つ綱」などがあります。
- 「高綱(カンスー)」
ツナを高いところに張ってバランスのために長い棒を持ってわたる芸- 「青竹渡り・衣桁(いこう)渡り」
太い青竹の上を足駄(アシダ)をはいて渡る芸- 「坂綱・逆綱」
約40度斜めに張ったツナを一歩一歩昇りつめて一気に滑り降りる芸- 「四つ綱」
十字に張った綱の交差したところで宙返りをしたり逆立ちのまま足指に扇子をはさんで手踊りなどをする芸
他にも、交差させた高網の上で複数人が交差しながら歩く「蜘蛛」などがあります。
これらの用語は韓国のサーカスでは日本語まま使用されている場合があります。これは韓国サーカスが日本人の一座が韓国に渡り、サーカス団を結成したからといわれます。
ちなみに、韓国にはチュルダギという1100年ごろから始まった綱渡りの伝統芸能があり世界遺産にも指定されています。
現代に復活した坂綱
木下大サーカスで笹田さんが坂綱を復活させました。綱渡りをいかに魅力的にスピード感あふれてスリリングに見せるかという観点で考えだされたのが坂綱だと思います。
長さ17mで傾斜30度。直径3センチの麻ロープ。滑り落ちるのが見せ場。
なんで、急な坂が登れるかというと、指でロープを挟んで坂を登るそう。
復活させたという行為が素晴らしいです。歴史ある木下大サーカスだからできたんだんでしょう。
現代の綱渡り
現在の綱渡りパフォーマンスは大道芸として行っておられる方がいます。大きな綱渡り台を設置してその上で、ジャグリングやパントマイムを交えながらのパフォーマンス。バランスをとるポールを使う綱渡りのスタイルではぐっと雰囲気が出ますね。
簡単に技をつぎつぎとやるのではなく、観客をドキドキさせながら巻き込みながら自分のペースに引き込んでいく技術が必要です。
お祭りイベントなどで披露されているみたいです。
清水ひさお 綱渡り ROR2009 – YouTube
パントマイムと綱渡りのパフォーマー清水ひさお
現在、クロワッサンサーカスの団長をしておられます。
おそらく、大道芸・サーカス的な綱渡りパフォーマーとしては日本でもっとも実力がある方。
彼はNHKの大河ドラマでも飛鳥時代の聖徳太子が綱渡りを見るという場面で綱渡り師を演じられました。
軽業師:綱渡り大助
日本の伝統的な軽業師のパフォーマンス動画。
5mほどの綱を緩く張り渡してその上で技を披露。大掛かりな大道芸ともいえる。一人で完結できる。
特徴的なのはお客さんとコミュニケーションを欠かさないところ。扇なども使用。後継者がいるのかが気になる所です。
海外の綱渡り
ほぼスラックライン的なサーカス
スラックラインのパフォーマンスとしても素晴らしいと思います。姿勢がきれいで動きが機敏なだけで、一気にサーカス的な雰囲気となります。
サーカスって楽しいですね。
スラックロープ
だらんと垂らしたロープの上での優雅な演技。女性的な動きは一朝一夕でではできるものではないですよね。ロープをうまく使って転がる動作など、なるほど!と思いました。揺らしも何通りもあり、アイデア次第でまだ技は広がるのかも。
スラックワイヤー
ロデオラインのようなワイヤーの上での演技。
シルクドソレイユでも演じられたことのある演目です。
逆立ちしてのハンドサーフィンは素晴らしいの一言。必見中の必見です。いったいどれだけの年月練習したのでしょうか・・・。小道具も使います。
この技だけでも一見の価値があるといえるでしょう。
有名な綱渡り師
Charles・Blondin
野外での大きな記録としては1859年にナイアガラの滝でフランス人のCharles・Blondinがワイヤーでの綱渡りを成功させています。彼は300mを歩いたりと綱渡りの先駆者であり、伝説的な綱渡り師です。
ニック・ワレンダ
綱渡り一家は現在も世界中で活動中。これはニック・ワレンダがグランドキャニオンを渡った時の映像。
※追記:動画が非公開になりましたので、シカゴ高層ビルを張っています。
命綱無しということで大々的にテレビとタイアップした挑戦となっていました。
高額な生命保険をかけているのだそう。生中継ですが、万が一落下したら放映に耐えられないので、わずかにタイムラグを入れて中継されている。
フィリップ・プティ
彼のツインタワーにワイヤーを渡して綱渡りをした行為が二本の映画になっています。
ドキュメンタリー版とちょいとフィクションの入った3D映画版があります。どちらも素晴らしい映像です。ぜひ見てほしい。
彼は人間的にも興味深いです。
「なぜあんなことしたのですか?」「理由がないから美しいんだ」
本
綱渡りでの死亡事故
綱渡り一家の生死感
フィリップ・プティのマンオンワイヤーには彼がパパルディと呼ばれた人物の綱渡り一家の住まいを尋ねるシーンが出てきます。彼がその住まいで相談事を終えて帰る時、ルディの家族はプティたちが見えなくなるまで手を振ってくれます(映画には無いが本には記載されている)。
その行為は綱渡り一家の習慣だというのです。
なぜなら、彼らの家族や仲間は、世界中で綱渡り師として活躍していますがいつ死んでも不思議ではない。もう次は会えないかもしれない。そいう思いで、さよならをする時は姿が見えなくなるまで手を振るんだそうです。
※ちなみに、スラックラインで命綱無しはフリーソロといわれます。
73才で綱渡りで落ちて死亡したカール・ワレンダ
カール・ワレンダは当時、もっとも有名な綱渡り師でした。1978年に73才の彼はプエルトリコで高所綱渡りに挑戦して落下。その様子は生中継されていたこともあり、大変な悲劇として注目されました。
悲惨な死でしょうか。惨めな死でしょうか。自分はそうは思いませんけど映像としてみると考えさせられますね。
強風のためとも言われますが、実際のところ補助ワイヤー(控え綱)の設置不備が原因とワレンダ一家では結論づけれられいます。正常なら綱が揺れないはず。そのために補助ワイヤーがある。
落下する瞬間の動画。ショッキング。閲覧注意(動画がyoutubeから非公開にされていました)。
スラックライナーの死亡
綱渡り師というより、スラックライナー・ベースジャンパーなのですが死亡している人がいます。スカイライナーズのタンクロード・メレットです。早い段階からスラックラインのハイラインの分野で活躍している人物で、日本にも来て披露したことがある彼。
詳しい状況は判明していないのですが、気球の間にスラックラインを渡すプロジェクトの準備中に落ちてしまったそうです。気球が急に上昇し始めて30mから落下。彼はベースジャンパーでもあり、最近は命綱無しの場合はパラシュートを背負って挑戦する場合が多かったので歩行中にそのまま落ちるということは考えにくい(命綱無しのフリーソロも何度も彼はやってますけど)。となると準備中などの事故と考えるのが自然かなと思えるんですけど、、、真相は如何に?
情報としてはラインを歩いているときでは無いとされているので、スラックライン(綱渡り)で直接的に死亡したとは言えないのですが、綱渡り関連の死亡事故に含まれるでしょう。
スラックライン(ハイライナー)の死亡事故
- 一例目、詳細不明 海外
- 二例目、命綱結び忘れ イタリア
- 三例目、突風 ブラジル
- 四例目、道具の破損 ロシア
- 五例目、命綱結び忘れ ブラジル
その他の綱渡り
つなわたり犬オージー
イギリスの綱渡り犬オージー君。日本のテレビにも出たこともあります。
ロープを渡っていたのですが、スラックラインメーカーがラインをプレゼントしてスラックラインも渡ったことがあります。器用で可愛くて自然とファンになってしまいます。飼い主のyoutubeチャンネルには今も彼の動画がアップされています。
ギネス記録も持っている。
最後に
綱渡りを調べてみると、やはり観客に対してのパフォーマンスが第一目的という側面が感じられます。その点では2000年前から同じです。
しかし、観客をどう楽しませるかという点では最新技術が活用されて進化しています。ニック・ワレンダのようにドローンやネット中継を活用するパフォーマンスがそれにあたります。
今後はスラックライン界からよりパフォーマンスを意識した人々がおそらくたくさん出てくるはずです、フランスのスカイライナーズのような人は飛べるよねと思わせるほど常に限界を突破する威力を持った一部の人々。トリックの分野でも難易度はもちろん、より美しさと均整の取れたサーカス的な姿が取り入れられてくるでしょう。完成度を高めるならその流れになるのは必然と思います。
綱渡りともスラックラインとも言える次元を超えたパフォーマンスを命を削りながら行う人々が現れ、映像として観客を楽しませてくれることでしょう。
これは間違いありません。綱渡り師がなしえなかった、1km越えをスラックライナーが現実のものとしたことがそのことを証明しています(命綱アリ)。また、これはワイヤーで不可能なはずで、シンプルなラインだからこそできたとも考えられます。
スラックラインはここ数年で道具や手法の進化と共に爆発的に発展し裾の野が広がっていますが、スラックラインの一番も魅力である恐怖感の克服を突き詰めていけば、恐らくもっと先や予想もしないような挑戦まで達する可能性があります。一部のプロフェッショナルな人が多くの人の助けを借りて強大なプロジェクトを達成させるはずです。
命を失う人もでてくるかもしれません。
でもそれは2000年前から人間が常に先を目指して突き進んでいるという証明でもある。
もっと高く、もっと長く、もっと難しく。
こう考えると人と綱渡りの関係はすごい。
綱渡りをスポーツとして考えれば、誰でもその一端を垣間見ることが出来る。自己を革新し、不可能を可能にできる。